一章「雨の夜」 
 
 
 あの日の夜は、天候管理システムが壊れたかと思うほど、大雨が降っていた。 
「姉さん、まだかな…」 
 いつもより帰りが遅い姉。 
 あの姉に限ってまさかなことはありえないとは思うんだけど。 
 姉は、ハンターズの一員である。 
 わたしも最近ハンターズになったんだけど、姉と比べたらまだまだ全然だ。 
 なにせ、まだ訓練期間中だし… 
 姉はハンターズとしても優秀な方らしく、政府の仕事も請け負ってるらしい。 
 今日もギルドの依頼でラグオルに降りてるはずなんだけど… 
 そろそろ、0時を回ろうかという時間である。 
「ふぅ…」 
 何度目だかのため息をついた時、不意に玄関の方で物音がした。 
「ただいま〜」 
「姉さん!」 
 慌てて、玄関へと走る。 
「おかえり。遅かったね。」 
 そういって姉さんの様子を見ると、やはりずぶ濡れのようであった。 
「待ってて、今お風呂沸かすから。」 
「あ、シャワー浴びるからいいよ。それより、何か食べるものない?」 
「イリア特製シチューを用意してあるよ〜 今温めるね。」 
「ありがと〜 恩にきります〜」 
「いいって。」 
 こんな他愛もないやりとりでも、わたしにとってはとても大切なものだった。 
 両親を早くに亡くしたわたしたちは、ずっと二人で生きてきた。 
 わたしにとっての肉親は姉しかいない。 
 もしも姉さんがいなくなったらって思うと… 
 ううん、ハンターズとして生きてる以上、覚悟はできてる…はず。 
 でも… 
「どう? お味は。」 
「いつもながら、大変おいしゅうございます。」 
「うみゅ。…ところで、姉さん。」 
「ん?」 
「何かいい事でもあったの? 妙に機嫌良さそうだけど…」 
 そう、わたしはさっきからそれが気になっていた。 
 雨でずぶ濡れになったというのに、さして気にした様子もなかったし… 
 いつもなら、愚痴ばっかりなのに… 
「ん〜実はね〜」 
 姉は、口に持っていきかけたスプーンを止めた。 
「ほら、これ。」 
 そういうと、なにやら白い包みをわたしによこす。 
「何これ?」 
「いいから、開けてみて。」 
 姉は再び食事を続ける。 
 ガサガサ… 
「棒…?」 
 中から出てきたのは、赤黒い棒だった。 
「貸してみて。」 
 そういうと、姉は左手にはめてるコアユニットにその棒を入れた。 
 
 コアユニットてのは、ハンターズに支給されるもので、こて篭手に埋め込まれたコアに、ア
イテムや武器などを粒子化して保存し、持ち運びをする事ができる代物である。 
 基本的に、使用者の意思と繋がっており、頭でイメージするだけで、アイテムや武器が
出てくる仕組みになっている…らしい。 
 
「ちょっと、下がってて。」 
 そう言って、立ち上がる姉。 
「うん。」 
「よっと…」 
 姉の前に粒子が集まり始める。 
「これは…」 
 1秒としないうちに元の形を取り戻したそれは、まさに… 
「…鎌…?」 
 そう、大鎌だった。 
 赤く長い柄に奇妙な紋様の刃先。 
 一種異様な…でもどこか美しさを感じる…そんな不思議な鎌であった。 
「どうしたの、それ?」 
「実はね…」 
 
―姉が話してくれた内容はこうである。 
 今日の依頼で、最近発見されたという遺跡へ行ってきた。 
 で、調査依頼を達成して、いざ帰ろうとトランスポーター目指して戻っていたら、とあ
る部屋で知り合いとばったり会ったと。 
 その人は、姉さんが初めてギルドの依頼を受けた時に一緒に行動した人で、しばらく見
かけてなかったらしい。 
 ただどうも雰囲気がおかしいんで、警戒しながら近づいて行った所、いきなり襲いかか
ってきた。 
 わけもわからず、応戦して、なんとか倒す事ができたと。 
 倒れたその人に事情を聞こうと、話し掛けようとしたら、白い霧と共に消えてしまった。 
 後には、この鎌だけが残っていた。 
 とりあえず、この鎌を拾ってきたけど、よく見るとかなりの業物である事がわかったと。 
 どうやら、こんな感じらしい。 
 
「だから、機嫌が良かったのか…」 
 姉はあまり細かい事は気にしない性格である。 
 珍しい武器や変わった武器とかが好きなので(特にダガー系)、知り合いに襲われた事よ
りも、目の前の武器の方に目が行ってしまったのだろう… 
「ま、あの人の事が全く気にならないって言えば嘘になるけどね〜 消えちゃったものは
仕方がないし…」 
「まったく… いいかげんなんだから。」 
「それより、見てよ。この鎌。」 
 そう言って、わたしに鎌を渡してくれる。 
 …持った感じ、見た目以上に軽いのには、正直驚いた。 
 確かに、かなりの業物のようだけど… 
「ん〜なんか気味悪いよ…」 
「あんたにはわからないのかね〜 この鎌の良さが…」 
 そう言うと、やれやれというポーズを取る。 
「なんか呪われてそうだよ〜 きっと、その人も…」 
「ふ…恐いの?」 
 嘲笑の目でわたしを見る姉。 
「ば・バカ言わないでよ。恐くなんかないもん!」 
「ふ〜ん…」 
「な・何よ、その目は! ふ〜んって信じてないな〜!」 
「はいはい、半人前のハンターさんじゃ仕方ないよね〜」 
カチン 
「わたしは一人前よ!」 
「わたしから見れば、まだまだ半人前よ。 第一、あなたまだ訓練生じゃない。」 
「ぐっ…姉さんなんか知らないんだから!」 
「あら、怒った?」 
「ふん、だ。」 
 ぷいっと横を向くわたし。 
「…でもね、わたしは一人前だって、そういうおご驕りは、ラグオルじゃ死を招くわよ。」 
「…」 
「よく覚えておいてね。とっても大切な事だから…」 
 そう言った姉の目はどこか、遠くを見ているようだった。 
 まるで、つらい過去を見るかのような、どこか寂しげな目… 
「…うん」 
 わたしは頷くことしかできなかった。 
 
「…で、その鎌どうするの?」 
「もちろん、使うわよ。」 
 さも当然と言った表情だ。 
「え〜 なんか危ないよ〜」 
「今使ってるバスターだといまいちなのよ。遺跡あたりの敵ってかなり強いから…」 
「なんか嫌な予感がするんだよ〜」 
「しばらく、いい武器が見つかるまでだから、ね?」 
「みゅ〜」 
 こう言い出したら、姉は絶対に聞かない。 
「さて、そろそろ寝よう。明日も依頼が入ってるのよ。」 
「…うん。おやすみなさい、姉さん。」
釈然としないまま、そう言うわたし。 
「おやすみ〜」 
 わたしの中のもやもやは、結局晴れなかった。 
 何かが引っ掛かる… 
 嫌な予感。 

 事実、この時わたしが感じた嫌な予感は、後に形となって現れてしまうんだけど、この
時のわたしに、それを知る術はなかった。 
 この時、わたしがもっと強く引きとめておけば…あるいは… 
 そんな、雨の夜だった。




次へ/HPへ戻る